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登別市議会議員 辻󠄀ひろし

責任

先日、知人から教えていただいた話です。

「モンゴル語には、馬の毛色を表す言葉が驚くほど豊富にある。全身の毛色や、斑紋(はんもん)、たてがみの色や、鼻面の斑紋(はんもん)など、日本語や英語で完全に表現しようとすると一行ほどの長さにもなる毛色の区別を、モンゴル語では一語で言える。」

理由は、モンゴル民族が生活・文化において“馬”を大切にしていたから。

確かに、文化にとって大切なものには、たくさんの語句があります。

一方、日本語には「責任」という言葉は一つしかなく、他に変わる言葉はありません。


理由は、日本人が“責任”を大切にしていたからなのか、ないがしろにしていたからなのか。どちらでしょうか?

「引責辞任」という言葉を、ほぼ毎月報道で聞きます。

英語との比較では、「責任」=「responsibility」「duty」「blamed」「ownership」などが思いつきます。

これらの英語と「責任」の翻訳は一致しているでしょうか。

あくまでも私の主観ですが、「responsibility」は「何かあったときの責」。

日本人が培ってきた「責任」の考え方は、「物事を始め・実行する上での責」ではないでしょうか。

議員の職責には大きな「責任」がありますが、その責任とは“今問題がなければ構わない”“自身が直接係わらなければ関係ない”ことではなく、未来の子どもや人々を考えての責任なのかを改めて考えさせられます。


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