登別市議会議員 辻󠄀ひろし

いじめ

イジメを苦に自殺した問題に対し、警察が異例の学校、教育委員会への立ち入り捜査を行ったことが報道されています。

この件に限らず、“イジメ”そのものの問題と責任は、加害者生徒そのものにあると私は考えています。ただし、学生による自殺のすべてがイジメを原因にして起こることではないので、自殺のきっかけに関わった人間が自動的に糾弾されることには慎重にすべきです。

さて、今回の問題は報道機関を通じてしか内容を知り得ませんので、正確な状況については解りませんが、すくなくとも該当市に限らない、全国の教育現場に共通する課題はあろうかと思います。

市長と教育委員会との関係、市教委と県教委との関係、学校現場と保健福祉との関係など、当市が抱えている課題とも共通するものがあると予想されます。教師の専門性や独立性、責任感が、時に孤立や閉鎖性を生み出してしまう可能性が、どこのマチにもあります。

その点において、行政、議会、マスコミや私たちは、個人や学校を糾弾することを解決策とするのではなく、理性的に議論し、どのような改善や仕組みが必要なのか、様々な選択肢を示していくべきではないでしょうか。

イジメや不登校や非行は「学校の恥」ではありません。学校で起きた問題は「学校の問題」ではなく、「マチの問題」であり、学校とマチが互いに信頼し、互いに責任を共有できているのか、見直していくべきです。

下記は友人が和訳してFacebookに掲載してくれたお話しです。何よりも大切なのは、自分で考えて、行動できる子どもたちを育てていくことだと思います。

「ある学校の先生が生徒達にイジメについて話をしました。
先生はある事をするよう生徒達に教えました。

紙を一枚取り、ほの紙を破れないように気を付けて、めちゃめちゃに丸めて足で踏みつけてみなさい。そして、その紙をできるだけキレイに伸ばしなさい、と指示しました。

... そして、その紙のシワや汚れを見て「ごめんなさい」と言いながら紙を伸ばし、元通りにするように指示しました。

先生は、その紙に残されたシワを人の与えた傷に例え、いくら「ごめんなさい」と言葉にしても、心の傷、身体に与える傷は決して消えないのだと説明しました。

どれだけキレイに元通りにしようとしても、紙についてしまったシワは消せないのと一緒でイジメを受けた子の傷も一生消えないの…
と、教えました。

子供達の顔色はそこで変わり、先生のメッセージが伝わった瞬間でした。」

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