FC2ブログ
 

登別市議会議員 辻󠄀ひろし

戦争とメディア

安全保障法制にかかわる議論が本格化しています。「内閣に期待する政策」の世論調査では、いつも下位になる外交・安全保障ですが、憲法論議が中軸になり、国民の関心度はすこぶる高まっていると感じています。

さて、突然ですがコロンビア大学での授業で取り上げられるエピソードに

「もしあなたが、従軍記者として戦場にいた時、君の傍らにいた兵士が敵弾に倒れた。君は兵士を助けるか、取材をつづけるか?」

とういう問いかけがあります。みなさんは、助けますか?取材を続けますか?

報道写真家 沢田教一さんの「安全への逃避」という、ベトナム戦争で母親が子どもを抱えて川を泳いで逃げる写真作品があります。同じく報道写真家 ケビンカーターさんの「ハゲワシと少女」という、スーダン内戦での餓死寸前の子どもを狙うハゲワシの写真作品があります。

どちらの作品も、人道的には「写真なんか撮ってる場合じゃない」状況です。

しかしながら、「安全への逃避」は世論の関心を高めベトナム戦争終結を早めたといわれています。「ハゲワシと少女」も長期間のスーダン内戦の実情を世論に投げかけました。それと同時にケビンカーターさん自身は、人道的問題により世論から激しく批判されることになります。

イラク戦争での異常なアメリカ報道はジャーナリズムが常に正義ではなく、公平ではなく、倫理的ではないことを示しました。そもそも、安全保障の正義を定める問題の難しさがそこにあります。しかしながら、多くの報道の中には報道記者自身が職業倫理をもって、報道している真実も確かに存在するのだと思います。

外交・安全保障問題を思考するに必要なのは「事実」を追及することであり、「正義」を持ち出す議論には違和感があります。

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック